車の気持ち
私は普段から移動手段に車を使っています。
東京都内で活動をしていると車の維持はひどくお金がかかる。車の車検、メンテナンス、保険、税金の他に年々上がり続ける高速料金、都内の時間貸しパーキングが1日2000~4000円、ガソリンは現在1リッター200円に迫っている。だから電車なら1000円くらいで補えるのが、車だと1日ちょっと移動するだけで5000円くらい吹っ飛ぶ。
それでも昭和世代の男性は車を愛する人が多いように感じる。何故か?
特に田舎で育った私のような昭和世代の男性にとって車はステータスであり、長い時間を共に過ごす相方のような存在。恋人でも家族でも親友でもない、唯一無二の分かり合える存在だ。
私を好きなところに運んでくれて、荷物も運んでくれる。楽しい時間を共に過ごし、私の為に忠実に快適な空間を提供してくれる。どれだけ過酷な状況でも、人間のように文句は言わない。
こんなことを言うとおかしいと思われるかもしれないが、私は車には魂が宿っていると感じる。そのような車のことを「愛車」と言う。大切に自らの手でワックスがけをして、オイルと呼ぶ血液の循環も定期的に整える。そのような行為を続けていると、彼らはご主人様に尽くそうと働いてくれる。
私は、愛車で長旅をした時は車を降りる際に「今日も守ってくれてありがとう」と伝えている。なんならボンネットの辺りを撫でてあげることもある。それくらい、日々車からもらう愛情を感じている。要するに自分の車が大好きってこと。
今日は私の為に約3年間働いてくれた子を送り出した。
↑この子が本日、次のオーナーさんのところへ旅立った子。
昨日は感謝の気持ちを込めて、最後の身支度をしてあげた。ピカピカに磨いて、沢山の感謝を伝えた。この子は私のことが大好きだったようで、今までに一度も私を困らせたことは無い。
次のオーナーさんにも「大切にしてあげてください」と伝えてきた。
次のオーナーさんが車に乗って立ち去り、見届けていると淋しくて涙が込み上げそうになった。最後に彼の背中を見ながら、コーナーを曲がって行った時に「ありがとう!」と大声で伝えた。
多分、それを見ていた人は車の運転手に言っていると思っただろうけど、私は車に伝えていた。
孤独な私をどこかへ連れて行ってくれたこともある。たくさんの友を助手席に乗せ、笑いと思い出に溢れた愛車。
大切にして愛着があったからこそ、愛車との別れは人間同様、とても淋しい気持ちさせる。
あなたも、もし車を持っていたら、そんな気持ちで車に接してあげて欲しい。
車は人間が大好きで、人間に喜ばれるために一生懸命応えてくれるから。
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