2023-01-31

常識人間製造所

今思い起こすと笑えますが、学校の規則とは何だったのでしょう?当時は社会を何も知らない子供でしたから疑いを持つことさえありませんでした。

私の時代の学生といえば男子は黒の学生服で学校に通い、一部の間では短ランという丈を詰めた短いのが流行っていました。男子のズボンは幅が45センチを超えるブカブカの「ボンタン」を着こなすのが不良の象徴。そして女性は床すれすれの長いスカートを履いていると不良とされていた時代。これらの服はすべて学校の規則に反していました。

私は皆と同じになりたくないので竜の刺繍が裏地に入った、あえて丈の長い学生服を着ていた。ズボンは最初はブカブカにしていたのですが、皆がブカブカを履き出したので、あえてスリムなズボンに履き替えました。

また髪型にも制約があり、長さ、色、パーマの禁止など昭和の学生は、生活指導の先生の目をいかに回避するか?が毎日の問題でした。今考えると非常に馬鹿げていますが、生活指導の先生は木刀を持って目を光らせ、規則を破った生徒をその木刀で脅したり実際に叩いていました。令和のこの時代にそんな先生がいたら親に訴えられ裁判沙汰になりそうです。

そもそも日本の学生服自体も馬鹿げていますが、そう感じたのは私が17歳でアメリカのハイスクールに通いだした時。アメリカでは服装も髪型も個人の自由で、学校に来るのは勉強をするという明確な目的のため。だから勉強をしたい人は学校に来るし、したくない人はそもそも学校には来ません。

昭和という時代の学校教育は大量の労働力が必要とされていた時代ですから、人間の意識を無意識に服従させるよう、同じような価値観の人間を大量生産してきました。だから決まった制服を何の疑問も持たずに毎日着て、言われた規則に従い、毎日同じ時間に行動するよう習慣化させ、それが当たり前だと思わせることに重きを置いてきた。

そのような学生時代を育った人間が社会に出ると、会社という組織に入ってもその延長が何の疑問もなく繰り返されることになる。これは当時の日本社会を回すために支配側が必要としていた考えでした。

今自分が大人になり、比較的に社会の制約から解放されている身として考えると、学校の規則というのは「常識人間製造所」を作るためのシステムだったことがわかる。できるだけ個人の個性や自由な思想を平均化させ、できるだけ平均的な価値を植え付け「こんなことをやっちゃ、非常識だよ~」という何の疑いも持たない人間を育てることが目的だったのがわかる。

と、ここまで私の話が非常識だと感じた人は、昭和の教育に洗脳された人であり、何も考えずに毎日同じ満員の通勤列車に揺られている人だと思います。


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