思い出の明太パスタ
わたしが19歳~20歳ころアルバイトをしていたニューヨークのレストランがあります。「DAIGAKU Restaurant」という日本食の店で、マンハッタンのアッパーウエスト区にありました。コロンビア大学が近かったので、連日20代の学生たちで賑わう繁盛店でした。
ディナータイムは信じられないほどの忙しさで、ひっきりなしに来るお客さんの注文を取るのが自分の仕事。アメリカ人は日本人に比べると10倍くらいオーダー時に質問をしてくるので大変なうえ、食事はドリンク、サラダ、スープ、前菜、メインと順番が決まっていて、食べ終わったら次の料理を提供するのがしきたり。チップが1ドルくらいしかもらえないカジュアルなレストランでも、そこは守られていました。
DAIGAKU Restaurantは、毎日が戦場のようなレストランで、厨房で働いている料理長がメチャクチャ日本人気質な方でした。アメリカ人のお客さんが「味を薄くしてほしい」と言うので、料理長にお願いすると「オレの味付けを変えれるわけが無いだろ!」と怒鳴られる始末。「その人が病気じゃない限り、オレの味は変えないって言ってこい!」と言われ、素直な私はお客さんにそのまま伝えたところ、全く理解をされませんでした。お客さんからも料理長からも怒られて、ストレスが溜まっていたのを思い出します。今では笑い話ですが、20歳そこそこで海外で一人暮らしをしていた自分には大変でした。
今でも思い出すのですが、そのレストランの人気メニューで「明太パスタ」というのがありました。和風パスタとして、今でこそ定番ですが1980年代のニューヨークではかなり珍しい食べ物でした。これがまた、説明をするのが大変で「魚の卵」だけでは納得してくれず、タラとはどんな魚か?という話をしなければならない。
ある人が明太パスタを注文すると、隣に座っている見知らぬ人も興味を持ち、またその隣の人も「あれは何というタベモノ?」と聞いて来る。このパスタのファンも多く、アメリカ人の口にあったのでしょう。
そんなことを思い出し、早速DAIGAKU Restaurantの「明太パスタ」復刻版を作ってみました。ポイントは山盛りの大葉です
↑↑↑確かこんな感じでした。80年代のアメリカ人の目には謎に映った食べ物です。
マヨネーズと醤油でコクの効いた味付け、そして大量の大葉でサッパリといただく和風パスタの定番ですね。私の忘れられない料理として、そして調理するのも得意な一品です。
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