2022-01-20

占いは信じないけど

今朝、聞こえてきたテレビの音から非常に疑問に感じたことがありました。

それはカジュアルなニュース番組の最後を締めくくる「本日の星占い」的なヤツ。占いを仕事にしている方には申し訳ないですが、何故か根拠の無さそうなことを適当に言っているようにしか聞こえない。

今日のあなたの運勢は・・・から始まって自分の星座が呼ばれるところまで耳を傾ける。いつまでも自分の星座が呼ばれないな~と思うと、最後に「今日運勢が最悪なのは射手座のあなた!」みたいなことを勝手に言い放つ。そして「でも、キンピラごぼうを食べると気分がスッキリします」とか全くワケが分からない。

どんな占いの言葉も基本的には、精神的に何かにすがりたい人の心に入りやすいと思うんです。弱気になっている時期とか、心配事がある人とか、体調不良が続く時とか。そういう弱い人の心には響きやすい。

人生について迷っている時期は、お金を払ってまで自分の将来について他人からアドバイスを求めようとする。それが占い。迷いが無い人とか自分のことを固く信じている人に、占いによって方向性を決めてもらうことは不要なんです。

占いについて私はド素人ですが、これだけは断言できる。他人に不安や悪いことを伝えようとする占い師を信じてはいけないと。どんな職業でも、人に不安を与えるような仕事は、仕事じゃないんです。

仕事とは他人を元気にしたり、笑顔にしたり、便利にしたり、勇気をもらったり、知恵を授かったり、何かしらの幸せを満たしてくれるモノ。ニュース番組の占い師が運勢の良い悪いに白黒ハッキリさせたいのかもしれませんが、それをテレビで見ている何千何万という視聴者に与える影響は大きい。特に成熟していない若い心には一喜一憂させてしまうほど影響力がある。

人間とは、宇宙の方程式の中で生きているので自分のチカラではどうにもならないことが沢山あります。それでも我が道を決めるのは自分自身でいたい。しょーもないニュース番組のオマケ話ですが、そんな占いの言葉を「余計なお世話」と思ってしまうのは私だけでしょうか?

ちなみに、今年2022年に初詣に行った方は「おみくじ」を引いたかと思いますが、それは私もやります!(神社でお願い事はしませんが・・・)今年は既に6つの神社へ参拝に行きましたが、気になった神社で1回だけおみくじを引きました。

おみくじで見るところは1か所だけ。大吉とか小吉などは無視。金運、待人、願望、商い、学問などもすべて無視。見るところは表紙のところだけ。ここには聖書と同様に人類への英知が集約されている気がします。

2022年はこんな言葉を授かりました↓

「神の教」
願いあるなら親御(おやご)に頼め、国の御祖(みおや)の神さまに。人間が力に限りを尽してなお力の及ばぬ場合、神の力に御たよりするは、止むにやまれぬ自然の心情である。

だが神様と名のつく物にもいろいろある。 溺れた時、ワラをつかんだのでは役立たぬ。正しい御おやの神様の御いつくしみの御手にすがらねば駄目である。

神社マニアの私は決して神社で「願い事」をしませんが、この文面にはしっかりと「願い事は正しい神様の手にすがれ」と書かれています。

了解です、今年はあなたを信じてあなたに全力で甘えます!


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