老人の涙
数日前の昼下がり、事務所でデスクワークをしていた時のこと。
私のパソコンの前には防犯カメラのモニターがあり、建物の四方向から外の様子を伺えるのですが、その時突然私の目に飛び込んできたのはエントランス前に立ちすくむ一人の年配女性。「あれ、何をやっているんだろう?」
私が恐る恐る入り口の扉を開けると「お忙しいところ、すみませんね」と何か私に要件がある様子。私としては年配女性に対して全く要件は見当たらないので「一体どうしましたか?」と聞き返しました。
その方の推定年齢は80代オーバー、女性はこのような話をし始めたのです
「実は数か月前に家で飼っていた2匹のネコのうち、1匹が死んでしまいました。そして、もう1匹が行方不明になってしまったのです。あなたは前に鉄格子のカゴをこの辺りに設置してましたよね?」
そう、以前ハクビシンのことをブログに書きましたが、丁度その時期にカゴを設置していたのを見ていたらしいのです。
「私の大切にしていたネコがそのカゴに入ってませんでしたか?」と私を真剣なまなざしで見つめて訊ねてくるんです。私がカゴを設置した時は実際に3匹のネコがそのカゴに捕らわれたのですが、猫に罪はないので3匹とも解放してあげました。そのカゴはハクビシンを捕獲するためのモノでしたから。
おばあさんは「私のネコは黒っぽいトラ猫で、気が弱いからエサが食べれていないかもしれないんです。今頃はどうしているのやら・・」とうつむき加減で蚊の鳴きそうな声を振り絞って相談してくるんです。
わたしは心当たりがあったので「あの黒っぽいトラですかね?頻繁にここへ来るのでエサをあげてますよ」と伝えました。「煮干し好きなんですよね~」とも付け加えました。
するとおばあさんは、まん丸くなった目を見開いて「ほ、ほんとうでしょうか!?あの子は生きているのでしょうか?」と声を荒げ、頬には大粒の涙が1滴流れるのが見えました。
心辺りのあったネコの特徴を伝え、ほぼ間違いないかと思ったのですが、更におばあさんから話を聞くと途中で私の頭の中には「やっぱり違うネコかも・・・」という予感がよぎる。今さらそう切り出すこともできず、そのまま突っ切っりました。「そのネコは元気ですよ!」と。
後からおばあさんの気持ちを考えると「やっぱり違うかもしれない」と伝えなかったことは正解だと感じます。例えそのネコが私の勘違いで全く別のネコだったとしても、おばあさんの大切にしていたネコがまだ生きているかもしれない、という希望を伝えたことは罪ではないと。
久々に目の前で見た老人の涙。わたしに迷いはありません。その顔は何にも代えがたく嬉しそうで、涙は見たこともないくらい大粒でした。
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