Nuts 4 Tracks
Talk about My Life Works

Wedding DJ

Published by on 2014, 7, 14

つい先日のことですが全米ブライダル協会が主催する「第13回日本セミナー」にてウエディングDJの大役を務めさせていただきました。日本ではまだ認知度の低いDJとウエディングの関係ですが、ここにきてようやくウエディング・パーティーにおけるDJの重要さを取り上げていただくことができ、とても感激しました!

このイベントの主旨は実際にアメリカのウエディングでDJがどのような役目を果たしているのか?という疑似体験をしてもらうこと。全体の司会進行に加え、音楽的な演出や、ダンスの時間を有効的に楽しく使うことなど、欧米のウエディングには欠かせないDJの役割を解説させていただきました。参加者の多くはウエディング・プランナーさんで日本全国からこのセミナーのためにお集まりくださったようです。実際に名刺交換の挨拶に来てくれた多くは、関東以外(特に関西圏)の方が目立っており、向上心溢れる個々の力に圧倒されっぱなしでした。

私自身もまだまだウエディングDJに関しては発展途上で、参考にできるひな形も存在しないため、試行錯誤を繰り返しているというのが現状。ラジオDJ的な巧みな会話力が必須な分野であり、この果てしない挑戦が逆に面白くてやめられないのです。1ヶ月くらいアメリカに研修旅行に行ければ良いのですが・・・

そしてこの日のスペシャルゲストにお越しいただいた桂由美先生のスピーチでは、こんなことを語っていたのが印象に残っています。「現在日本の多くの結婚式はどれも似たような内容になっています。本来は10人のプランナーさんが考える結婚式は10通りのパターンがあってもいいと思います」と。本当にそう思いませんか??私の考えでは10年単位で考えると、これからの日本のウエディングはもっと自由化が進むと思います。価格帯はもちろん、ステイタスや形式、場所など、不況の少子化世代に育った方々は自分たちにとって価値のあるお金の使い方を選ぶはずです。今までのように業界主導の有利なビジネスは少しづつ崩れ、個々の価値に見合ったフリーウエディングが見直されてくると思います。その結果、お金に余裕のある人はこれまで以上に選択肢が広がるため豪華なウエディングができるようになりますし、金銭的に余裕のないカップルでも予算に見合ったウエディングが出来るようになれば良いと思います。「お金がないからウエディングは出来ない」という事態は極力避けられれば良いと思います。

そんな日のためにも、私たちの様なウエディング・ビジネスに携わる人間が、あらゆるリクエストに応えられるビジネスの枠を確率して行ければ良いのです。だから私の様なウエディングDJに司会をしてもらってもいいし、友達に無料奉仕で司会をしてもらってもいい。ギャラは弾みますがテレビの有名アナウンサーに司会をしてもらってもいいんです。そんな枠をもっと沢山増やしていくことが今後の課題であり、現在飽和状態にあるブライダル業界に差し迫った問題だと感じてなりません。

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↓アメリカではハリウッド女優などセレブのウエディングを手掛けるデザイナーでフローリストのNisie Vorachardさんと。偏見ではないのですが、花屋さんなのにマッチョな男性が彼女をサポートしているなんてショックでした。

 
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笑わないでください!桂由美先生とのツーショット緊張しすぎですな。。。名刺交換で手がブルブルでした。

 
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素敵な国際結婚のカップルでした。写真は新婦様のお母様のスピーチにて。愛について非常に感動的なスピーチでした。

 
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ウエディングDJをもっと普及させたい。まずは自分自身がもっと成長しなきゃね。

DJの写真ブログ

Published by on 2014, 6, 5

ここのところ写真無精が続いていることを少し反省し、まめに写真を撮るように心掛けています。とは言え、やはり現場につくと戦争が始まってしまいますから、呑気に写真なんて撮ってられないのも現状。それと携帯やデジカメがボロくて、綺麗な写真が撮れないことから全然使えない画像ばかり・・・・ということも多々ございます。せっかく仕事の情報を発信しているブログなので「この人、普段こんな仕事してんだな~」と目で理解していただく為にも、今回は写真中心の記事とさせていただきます!尚、掲載した写真は通常のルーティン・ワーク以外ですので、この倍以上は仕事してますからね。普段から遊んでばっかじゃありませんので、あしからず!

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以下3枚は、国際結婚のカップル。前日に司会も頼まれ、DJ&司会でバッタバタでした。私の経験上でもっとも素敵な国際結婚の現場だったと思います。旦那様はとても優しい方で奥様は幸運な方だと感じました。このようなナイス・カップルの一生に1回の現場に立ち会えることは、私自身も光栄です。

wedding dj


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披露宴での光景↓

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更には二次会↓

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以下2枚では600名のスペイン人を迎えたパーティーのDJをご依頼いただきました。帝国ホテルにて。本当にスペイン人しかおりません。

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情熱の「赤」を象徴するお国がらです。色んな意味で会場が熱い熱い!

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以下2枚はお台場のおしゃれなレストランにて、音響が必要ということでお伺いしました。沢山の笑顔が印象的でした。DJは空気を売るのが仕事です。そういう意味では100パーセントの仕事ができたと思います。

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裏の現場はこんな感じです。担当が一人なのに、持ち込み機材の多いこと・・・「音」にこだわりたいから、これだけは譲れません。

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以下2枚は余興がすごく凝っていたので、おもわず写真に残しました。まずはプロ和太鼓のゲスト。日本のテイストを前面に押し出したい結婚式にはバッチリ。品も良いし、迫力があって盛り上がりも半端じゃない!

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おまけにこんなゲストも和太鼓に見入っていらっしゃいました。

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以下3枚は企業のプロモーションとなります。DJとパーカッションの組み合わせで派遣をスタートしました。その第一弾がこちらです。今回はブラジルから現地のプロパーカッショニストを迎え、8名のリズム隊とDJでサンバのカーニバルを演出しました。2014年はサッカーのワールドカップも開催されることから、関連イベントには一押しです。

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ちなみにゲストはセルジオさん、近藤房之助さん、そしてミスマリンちゃん。美月さん(一番右)かわいすぎじゃない?2秒でファンになりました。↓

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DJは美術の方に特製ブースを製作していただき、気持ち良くプレイができました。

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パーカッションのグッマと。このミュージシャンと共演できることは最高の喜びです。DJの横で気持ち良く抜けた音が鳴り響き、私自身もプレイしていてエクスタシーの連続!「DJ & パーカッション」は自信を持ってお薦めします。もっと沢山仕事をさせてください!

 
DJ & パーカッション お問い合わせ 080-4056-8188

The Memory of Naoto Watanabe (渡辺直人)

Published by on 2014, 5, 5

先日、旧友の訃報を受けたのですが、私の記憶に深い思い出を残してくれたある人物について記事を書き残したいと思います。有名な人間ではありません。とてつもない功績を残した人間でもありませんが、ボクの中ではヒーローでした。最近までフェイスブックでやりとりをしていたので、どうして彼がそんなに早く自らの命を絶ってしまったのか、全く知るすべがありませんが、少なくとも私の人生を変えてくれた人間として、敬意を表したいと思わずにはいられません。

私は16歳の時に東京に出てきたのですが、中学校を卒業する数年前から大人の方とバンドを組んでいました。当時はデビューすることを夢見る少年で、バンドの生活が全てでしたから、中学校生活は毎日夜中の1時~2時まで練習に明け暮れていました。そんな北海道の片田舎にも楽器屋があり、暇さえあれば通っていた「玉光堂」というお店の店員だった渡辺直人氏(通称ナオさん)。当時ドラムをやっていた小僧のボクに対し、彼もドラマーだったこともあり、とてもよく面倒を見てもらいました。

当時の彼は地元ではドラマーとして有名で、安全地帯のドラマーの田中さんの弟子ということもあり、シーンの中心を握る人間でした。私が中学校1年生の時に確か「円周率」というズバ抜けた実力のバンドをやっており、その姿を見て「彼のようになりたい」と願ったものです。数年後にはドラマーにとって致命的な病気にかかり、ボーカル&ギターへと転向したのですが、その時結成したバンドのドラマーに抜擢されたのが、まさに私でした。中学生でドラムセットが買えなかった私に月1万円のローンで彼のセットを譲ってくれ(元々は安全地帯の田中さんのお古)新聞配達をしながら必死にローンを払ったのを覚えています。

そして私が15歳の時に彼が24歳。他に18歳のメンバーが2人いました。ベルカウントというロック系のバンドで、今考えてもデビューできるほどイケてるバンドだったのですが、18歳の2人が高校卒業を機会に音楽をやめてしまいました。残った彼(ナオ)とボクにも意地がありますから、2人で何週間もかけてレコーディングに集中することにしました。かなりレベルの高い楽曲が収録できたのですが、そのたった1本のデモテープが、後々のボクを助けてくれることになりました。

実は16歳で何の宛てもなく上京した際に、このデモテープを聞いてくれた色々な人達が、才能に興味を示し寝泊まりする場所を提供してくれたのです。上京した際の所持金は1万5千円だけ。東京に来てから3か月間ほどで何人の人に聞かせ、不思議なことに何人の方々が面倒を見てくれたか?まさに3か月間を生き延びたマジックなデモテープでした。今までに何度もこの奇跡を思い出し、笑い話として人に聞かせていた最中でした。

その曲を作ったのはナオさんで歌っていたのもナオさん。現在テープは紛失してしまったのですが、メロディーや歌詞は今でもはっきり覚えています。かなり多才なミュージシャンで、若いころは彼の背中を見て音楽を志したといっても過言ではありません。今の自分が存在する経緯に、彼のポジションが大きく影響するのは間違いないんです。

まだ肌寒い北海道の春先に作った1本のデモテープ。2人だけの思い出が詰まった音楽を思い出しながら、しばらくは彼と費やした時間を思い返すことになりそうです。心よりご冥福をお祈りすると共にたくさんの感謝を捧げたいと思います。「ありがとう、ナオさん!」

Life, Life…

Published by on 2014, 4, 15

生きていると思いもよらない事が自分に起こりうるんですね。4月で43歳になりましたが、まさか自分には関係ないと思っていたことが起きたり、5年前には想像していなかった自分の姿が今現実になっていたり・・・人生って何が起こるか分かったものじゃありません。一瞬の物事の判断が、その後の道筋を変えてしまうこともありうる。良いか悪いかは別として、生きてるってこういうことなんだと思います。

さてさて、3月の決算も無事にそこそこの結果で終わり、いよいよ4月をむかえ新期に向かって動き出しています。自分にとっては2014年1月の新年あけましておめでとう、よりも4月の新期の方が「始まり感」で胸が高鳴ります。決算書はいわゆる学校の通知表と同じですから、最悪でも前と同レベル程度、願わくば突きぬけて右肩上がりを期待したいところです。それには4月の始まりが非常に重要になる。出だしが悪いと後の巻き返しが大変ですから・・・と、言いながらも全く営業をかけていないにも関わらず、一度関わったお客様からのつながりで日々仕事をいただいているのは奇跡的としか言いようがありません。仕事はいたって順調なんです!これもひとえに、付き合ってくれる仲間のおかげなんですけどね。真面目に頑張っていれば、同じような考えの仲間が集まってくる。「類」は「類」を呼ぶんです。だから、付き合う人は選ばせてもらう。悪く考えると、その逆もあるわけですから、その辺りは慎重にということで・・・

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最近は完全に写真無精ですが、唯一パシャリとしたお仕事がこちら↓↓↓

 
今年もお世話になりました。ジュリアナをテーマにしたパーティー。異常な盛り上がりでした。

 

My Sweet Home

Published by on 2014, 3, 10

若きサラリーマン時代は「オンとオフのスイッチを切り替えろ!」とか先輩に言われたものですが、自分で商売をするようになって、そのスイッチが背中に付いていたら便利なのにな~と思うことがあります。この状態がいつもオンなのか、いつもオフなのかはわかりませんが苦しい状態でないことは確かです。逆に言うと「やらされてる感」がないので、スイッチを入れる必要がないのでしょう。と、突然そんなことを考えました・・・

さてさて、結構前になりますが2月は久しぶりに北海道に帰りまして、愛しき我が町「旭川」を堪能して参りました。子供のころは一度も行ったことのない「旭川冬祭り」に足を運びまして、この年で初めてちゃんと参加した冬祭りの楽しさに感動しました。参加した日はちょうどオープニング・セレモニーの夜だったのですが、巨大な雪像に映した最新鋭のプロジェクション・マッピングと音楽のコラボレーションは感動の連続でしたね。やるじゃん、旭川!今は考えられないのですが、10代の自分は「故郷」という観念が嫌いでしたね。もっと刺激のある街を求めて東京に来たのですが、これがまた散々で・・・今となっては笑い話ですが、旭川という生まれ育った町があること、ホンマ誇らしく思います。

誇らしいと言えば、先月いただいた出張DJの依頼。本当の意味でのホームパーティーで12畳ほどの自宅のお部屋に参加者は10名ほど。旦那様のサプライズ・バースデイということでお伺いしたのですが、伺った先で実は僕自身が心を打たれました。体の状態が深刻に不調な旦那さまが「誕生日くらい六本木のクラブにでも行きたいな~」とつぶやいたのをしっかりと聞いていた奥様。インターネットでソウルピーナッツを探し当ててくださり、お部屋をスモークマシーンで煙だらけにし、レザーでガンガンに照明を入れました。もちろん音楽は旦那様のお好み想像して、あれやこれやとプレイ。爆音にはできませんでしたが、普段のお部屋が六本木のクラブになった瞬間ですね。泣いて喜んでくださり、この上無い喜びを共有させてもらいました。私自身も絶対忘れられない思い出となり、この仕事をやっていて本当に良かったと久々に身震いしました。このままオン&オンで突き進みたいな~と。

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↑この巨大な雪像に大迫力の映像が映し出された。中学校の頃はこの会場の裏に住んでいたのに、一度も冬祭りに来たことがありませんでした。

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華やかなライティング・ショーと音楽、そして花火で派手なオープニングを飾りました。つまみも酒も旨いし、やるね旭川!!

 

グラミーを見て

Published by on 2014, 1, 28

先日行われたグラミーの結果、皆さんはどう捉えたのでしょう?今回はDaftpunkがRecord of the yearとAlbum of the yearを含む5部門を持って行きました。しかもステージ上ではコメントなし。ラジオで聞いていたので、どういう状況だったのかわかりませんが、いつものロボットの恰好をしているから?フランス語しか話せないから?いずれにしても、あのような大舞台ではどんな形であれ、関わった方々に敬意を表して欲しいと思ったのはボクだけでしょうか?

ボクの中でのグラミー受賞者は誰になるのでしょう?う~ん、迷いますね。DJの際のリクエスト統計で考えても、パーティー単位でかなり違います。例えば40代中心の日本人のパーティーとアメリカ人中心の20代のパーティーでは全然違います。ちなみに40代日本人のリクエストは、断トツ1位で未だに「Earth, Wind & Fire」の曲々(SeptemberとかFantasyなど)です。20代アメリカ人のパーティーはリクエストだけで考えると間違いなく「V.I.C」のWobbleという曲です。日本人の方は絶対知らないと思いますが、プレイすると必ず大勢でラインダンスが始まります。男女問わず、毎日何度もリクエストに来ますが、ほとんどのDJはこの曲をプレイすることに嫌気がさしています。

私の場合、金銭的な報酬をいただいているDJなので、その場をしっかりと楽しませることができなければ仕事人としては失格です。趣味でDJをやっている方や、自らお金を払ってDJの機会を得ているような方は好きなことをやった方が良いと思います。当たり前ですが、そこは大きな違いです。ご依頼人の案件は様々なので、その方の意図に沿ってあげることが出来なければ、そのパーティーは自分の中では失敗になります。なんでもそうですが、報酬を得る以上は真剣です。お金の価値は時に重くのしかかります。

ダメな時は自分の失敗なんですが、仕事を成功させた時というのは、いつも周囲の協力があることに気づきます。当たり前ですが、いつもそれに気づきます。つまり周りの協力無しでビジネスを成功させることは不可能なんです。自分一人の力は限りなく無に等しい。だから成功して大舞台に立った時は、自分の言葉で周りに感謝を発することが出来る人になりたいと思いますね。もちろん、日頃からのことですが・・・

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暗くて分かりずらいですが、DJユリナさんと。柏市内にて今後も仕掛けて行く予定です。

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ボケボケですが、船からレインボーブリッジを見上げた写真。真冬のクルーザー・パーティー、寒くて最高でした。

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20歳のお祝いでもDJ。この学校良く知っています。娘のテニスの宿敵です。関東大会でいつも顔を合わせています。意外とお客さんってすぐ近くにいるものだな~と。

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山伏の星野先達と一日修行体験へ行ってきました。言葉や知識は必要ないんです。全ては山が教えてくれる!貴重な経験でした。

Still Alive in Year End

Published by on 2013, 12, 18

生きてます!

バッタバタでした。とりあえず12月のドピークは越えまして、あとは2013年の下り坂を駆け足で降りて行くのみとなりました。毎日あちこちの現場で色々な人たちに出会い、大好きな音楽を通じて交流をしているのですが、そんな「現場仕事」が大好きな私も苦手なことがあります。そうそう、その後に待っている事務仕事・・・米粒のように小さな会社ですから、雑用も全て自分でやらなきゃならない。見積もりや請求書を書いたり、企画書の期限に追われたり、収支の管理をしたり、おっと支払い忘れてた!とか無いようにしたり。特に人件費を忘れるのはもってのほか、一生懸命働いてくれた人に失礼なので、忘れちゃあかんよね。

それとは別にDJとしての仕事も日々追いついて行くのがやっと。新しい音源は毎日更新され、ヒット曲がどんどん入れ替わるアメリカの音楽シーン。音響機材にしてもテクノロジーの進化がここ最近は特に早く、容赦無しで新しいデジタル商品(ソフト・ハード共)がリリースされる。

そんな毎日の終わりに心をいやしてくれるもの・・・・それはやはりビールでしょうか?(悲しい!)こんなんだから音楽への依存度もどんどん増していくんですな。ハハハ・・・

それは良いとして、来年の計画をそろそろ立てなきゃね。今年は仕事に関しては相変わらずハードだったのですが、プライベートで人生のターニングポイントをむかえた気がします。ブログでは人生相談とか話す気がないので、ここまでですがね。そういう意味では来年の今頃、自分がどうなっているのか、全く想像がつきません。笑っていたいね。できれば・・・

本格的に寒い日がやってきたね。皆さんも風邪などひかぬよう、ご自愛くださいませ。

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お仕事ショット(カメラ無精な私が唯一頑張って撮った最近のお仕事写真集)

↑今年のハロウィンパーティーは女子校にお邪魔しました。皆さん自分の子供位の年だったので、どちらかと言うと親の気持ちでしたが。

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↑歴代ミスユニバースの日本ファイナリスト達とその生みの親、イネスリグロンさんのパーティーでDJをしました!

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↑もちろん、ウォーキング・トレイナーのスティーブンも一緒にパフォーマンス。来年は彼と暴れる予定です。

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↑毎月新横浜ラントラクト第3金曜日に開催中の「Friday Night Fever」はおかげで5年目に突入!

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↑ホリデイ・シーズン到来!横須賀基地内も本格的にDJの契約をして5年になります。結局一番長く居座ってるDJになっちゃいました。

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↑会員制のクラブでDJのパーティーをさせていただきました。世の中のお金持ち男性はこういう所で可愛い子とお酒飲んでるんだ。。。なるほど。

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↑かと思ったら、天気の良い恵まれた日に田舎へ出張!屋外運動会の音響をお手伝い。ホントに色々な仕事があるんです。
 

健康DJ

Published by on 2013, 10, 28

7月からスポーツ・ジムに通い始めて、早数カ月。アメリカ発祥のGold Gymでワークアウトしているのですが、今まで三日坊主で全く続いた試しのないスポーツ・ジムが今回は奇跡的に継続している。ゴールド・ジムと言えばマッチョマンの世界的な有名人を多く輩出しているところですが、個人的には全然マッチョには興味なし。んじゃ何故かって、ゴールド・ジムは格闘技に力を入れている店舗がございまして、サンドバックが設置されているんです。40歳を過ぎて、昔やっていたボクシングを懐かしく思い、ちょっと始めてみたら、ハマった・・・というのが継続できている要因です。おかげでビールっ腹がへっ込み、ちょっとだけ体力がついた気がします。朝7時からやっている点も嬉しい。9時には通常通り仕事が始められます。

健康を意識し始めたところで、良い循環が作用していまして、食生活にも気を配るようになったり、ビールもアホみたいに飲むのをやめたり、良いことづくしなんです。今の仕事は体力が無ければ話になりませんし、おじいちゃんになってもDJの現場で活躍していたい。70歳くらいになって(生きていればですが・・・)「お仕事は何をやっているんですか?」と聞かれた時に「DJをやっとる!」なんて言えたらカッコウ良いと思いません?度を過ぎた健康フェチになるつもりはありませんが、今の仕事が大好きだからこそ、長く続けたい。そうしたら健康でなければお話になんないんですね・・・偉そうに言ってますが、今更気づいたんです。

ということで、今日も20キロ以上あるスピーカーを何個もかついで、元気に仕事へ行ってきます!

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一部ですが、10月のお仕事色々。

↑ カナダ大使館にて、次世代音響システム「Auro 3D」のセットアップをお手伝い。ドルビーシステムをはるかに凌ぐ、9.1CH仕様。後ろの高いところから斜め前へと音がビュンビュン飛んできます。

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今年は少なかったのですが、クルーズ船のお仕事にて。写真のDJ はケンちゃん。私がメインフロアを担当し、彼が2階を担当。お客さんを全部2階へ持って行ってくれました。

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いつもお世話になっているビヨンドさんからご紹介のパーティー。テレビでお馴染の経済界の代表や、現政治家の超大御所が集まりました。ご年配の方が多いので、音量はやや大きめでと・・・・
 

出張パーティー屋

Published by on 2013, 9, 17

さて、前回記事の続きになりますが「ソウルピーナッツ・プロダクションズって一体何の会社?」と聞かれることがとても多いのですが、それを説明したところで皆が1回では理解してくれていないことに最近気づきました。何故そう思ったかと言うと、1回説明した相手が、また同じことを聞いてきたり、1度説明した直後に「で、最終的には何でしたっけ?」って要点を求めてきたり・・・結局のところ、日本にパーティー文化が根づいていないので、頭にイメージしにくいのでしょう。ただ、単刀直入に言うと「出張パーティー屋さん」なんです。簡単でしょ?

10代の大事な時期を無駄に?アメリカで過ごしてしまったボクは、毎日のようにパーティーへ足を運ぶ毎日。そうそう、1週間に7日間パーティーへ通っておりました。そのほとんどはニューヨーク・マンハッタンで行われる非常に音楽的なパーティーで、DJが会場を変えて日々イベントを企てていました。(丁度その時期のフライヤーを記念にため込んでいるので、それは又の機会にお見せしましょう。80年代のスゴイDJが名を連ねていて、びっくりしますよ!)それはイイとして、このとてつもないDJ達のやっていることって、日本に帰ってしまうと、同時にオサラバとなってしまう。それが本当につらかった。このパーティーライフは自分にとって楽し過ぎたんです。だからパスポートが切れる直前の5年近くもニューヨークで過ごすことになったのです。

日本に帰ってきても、あのパーティーの記憶が消えることがありませんでした。大好きな音楽に身を包まれる楽しさ、踊る楽しさ、音楽を通じての解放感、自分の場合は音楽にまつわる関係が楽しさの要因ですが、そこに仲間が集まったり、人々が交流したり、美味しい食事が提供されたり、楽しく飲めるお酒が加われば、そんな贅沢な時間の使い方はないと思いました。しかもわざわざクラブやディスコでやる必要はないんですよ。どこでも出来るのです。

だから思ったのです。「誰でも気軽に楽しめるホームパーティーのような空間を提供しよう」と。場所はどこでもOK。クライアントには場所とお客さんを沢山連れてきてもらえれば、あとはこちらで空間を作って全部手配しちゃいます。現にソウルピーナッツが音楽以外にも飲食の手配や、エンターテイナー、プランナー(←これはお客様自身の方が良いが)など、パーティーに必要なモノは揃えられるノウハウがある。あとはパーティーをしてもらうだけ!と、ここで日本の宴会文化との摩擦が少々生じているのですが・・・・

だから、初めて会う人を含め、みんなに言っています。「日本にもパーティー文化を!」と。週末が待ち遠しくてたまらなくなる。音楽がもっと好きになる。お酒がもっと美味しくなるよと。ただの音響屋さんと思っている同業者の方!そうじゃないんですよ、私は日本の文化をちょっとだけ変えたいと思っている「出張パーティー屋さん」なんです。

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今年行った「夏パーティー特集」。都内某会社の屋上にて。

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こちらは横浜の会場で隣がスタジアム。会場の熱気に負けないほどDJを頑張っちゃった。

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こちらは9月14日に行われた大森公園での一枚。音響で参戦しました。ビヨンドさんプロデュース&ケータリングは最高!

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先日、都内で行われたウエディングでの余興。大雨の中、バリ舞踊を披露。余興中は雨がピタリと止んだ。

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おまけ写真。アメリカの超人気コメディアン、George Wallaceと。

DJ Jobow ディージェイ・ジョボウ

Published by on 2013, 8, 22

今更なのですが、私のことを初めて知ってくれる方や、検索をしてどんな人物像かを調べてくれるマメな方のための自分の情報が乏しいことに気付きました。ということで、簡易資料として企業などへのプロモーションで使用しているファイルをペタっと下に貼らせてもらいます。


 
相当内容を簡潔にまとめていますが、結構仲の良い友達でも知らなかった情報だったりするんですよね。基本的に過去の自分の話をあまりしませんから・・・
 
ついでに営業させていただくと、DJのスタイルは「人を楽しませる」ということだけを考えています。ですので、ご依頼の現場では以下のことを大切にしています。
・会場に集まっているゲストの年代を読む。
・そのパーティーが2時間後にどうなっている(またはどうしたい)かを読む。
・集まったゲストの皆さんから放出されるバイブレーションを感じ取る。

以上のことに集中し、ちょっとしたトークを交えながら天から降り注ぐインスピレーションを基に選曲をしています。DJ 時の精神状態をキーワードで形容すると
・底のない空洞
・無色透明
・緊迫、緊張、ハイテンション
といった具合です。この状態でゲストからのバイブをバシバシ肌で感じとることが最高のプレイにつながります。だからインスピレーションが感じられない会場では、かなりの苦痛と苦難を伴うパーティーになってしまう。そうなんです!バイブを感じることが最大の勝負ところなんです。

言い忘れましたが、ジャンルはオールジャンルです。年間を通じてかなり幅の広いお客様をお迎えしておりますので、世界各国のあらゆる音楽をプレイします。自分の知らないジャンルのパーティーを要望された場合は、その音楽の歴史から勉強して、そのパーティーの日までに恥ずかしくないDJができるように臨んでいます。ちなみに大好きなジャンルは、いわゆるアメリカの黒人が良く聞くようなHip Hopです。ポップなHip Hopじゃないので、あしからず・・・・(もちろんポップなHip Hop DJ も問題なく出来ます)

パーティーのジャンルも物凄く幅広くご依頼いただいております。これは本当にありがたいのですが、普通のクラブDJでは到底経験できないので、この商売を無理して初めて良かったと思っています。フォーマルなところでは、政府機関の国際パーティーから大手企業の懇親会、アパレル・ファッション関係のイベント、メーカーの販促、個人のウエディング・パーティーは勿論、辺り一面田んぼだらけの地方にも出張しますし、海や山にも行きます。真面目なパーティーでしたらキャバクラでもDJへ行きますし、大手病院のパーティーだって4年間ご依頼を頂いてます。

今はこれが出来る人間が圧倒的に少ないので、まだまだ苦戦を強いられていますが、協力してくれる若いDJがいたら是非とも右腕として時間をかけて育てたいと思っています。そのような訳で、次回はあまり理解してもらえない、弊社の業務内容について語らせてもらいたいと思います。お楽しみ!